土門静亞、サーシャ・ルベンドと同棲をし、関係を持つ。 後、氷月(パンドラ)が訪れ4人で同居生活を送る。 なお、氷月(パンドラ)とは関係があったかどうかは不明。 数ヶ月間その生活を送り、突如姿を消す。 静亞の元に一報が入った。 鴉と思われる人物が赤竜鵠(鴉の双子の兄)と赤竜源帥(鴉の母、阿佐南の祖父)の両名と百数人の赤竜の実働部隊を殺害したとの報だった。鵠と源帥が朽ちたことで元老会が急激に勢力を増すかと思われたが当の元老会の幹部達がほぼ鵠、源帥両名の死亡と同時に何者かに襲撃をされ、全員死亡したとの事。 なお、赤竜鵠の骸は消えていた。それ故死亡したかどうか全く不明となった。 赤竜源帥は首を取られていた為死は確実だった。 そして、赤竜迅、赤竜阿佐南の死体が発見された。二人は心中かと思われたが詳細は不明。 赤竜鴉を重要参考人として指名手配をするも当人は見つかっていない。見つかり次第事情を聞く予定。 それから約2ヶ月後、調査委員会の下に赤竜鴉名義の手紙が届く。 内容を簡潔にまとめると『兄鵠、曽祖父源帥を殺害したのは私であり、父迅を殺害したのは鵠である。なお、母阿佐南は父迅の後追い自殺。兄鵠の骸は私の手で埋葬した。理由は兄鵠の骸がかの者に滅ぼされない為に持ち出した』 この様な内容となる。 調査委員会に入っていた静亞は「鴉は嘘偽りを言わぬ者。故にこれは真実である」と述べる。 調査委員会が詳しく調べると鴉の述べた事はほぼ間違い無い事が判明する。 これを調査委員会が発表、暫く内部戦争が起きたが終止された。 帝国領内で鴉と酷似した人物が発見されるも再び行方を眩ます。 噂では再び傭兵を始めたとか山賊になったとか鍛冶師になったとか言われているが当人が所在不明なので真実は不明。 なお、静亞が鴉との間に出来たと思われる子供(双子)を産んだ為、そのまま赤竜の当主となった。 サーシャ・ルベンドも上記の事が起きている最中に子供(女子)を出産しているが鴉との間に出来たかどうかは不明。 氷月(パンドラ)との間に子供は出来たか否かは不明。 失踪し、行方が解からないまま半年が過ぎた。 そして暫く経ち、静亞派の赤竜の諜報部員がクレア領内で鴉がかなり大きな依頼を受けたとの情報を入手した。 それと同時にグリード・アザゼルがクレアに入る。 クレア全領域を探すも鴉を発見できず。 すると一人の諜報部員が僅かな情報を入手。 クレアで鴉に鍛冶を教えていた男性が自分の下を尋ねに来たとの事だ。 生憎、その時男性は留守中で彼の娘が言付けを預かった。 内容は『何処かの残党部隊を始末する。数は約3000だそうだ』とそう言い、サーシャにアビスウォーを譲ると言う事で其処に戦斧を置いて去った。 大規模な調査網を敷いた所、クレアと帝国の国境付近でまるで猛将同士の決戦が行われたかのような血と屍の海が確認された。 異様なまでな血と死臭が漂い、どれだけの死体があるかどうか判別が不可能だった。 カルコム・パール・ストリーム将軍の人脈のおかげで1000人ほどの人が集められ、切り刻まれた死体を判別していった。 その殆どが謀略を考えていたと噂される帝国の小貴族やその賛同者達とのこと。 だが詳細は全く不明。理由はクレアでも有名な医師、ティリシア・エルシオン曰く『死体が男性か女性か判別するのが無理なほど切り刻まれている為、帝国の小貴族かその賛同者達か決定するのが難しい』だそうだ。 そしてその中に妖刀戒神と爆閲棍が発見され、鴉がこの場に居たことは間違いないと決定された。 しかし死体の状況が状況だけに全て判別するには約1年ほどかかった。 そして判定の結果、死体の数は約3000(完璧には無理だった)で中には帝国の小貴族が含まれていたかはやはり不明。 更に暫く経ち、鴉本人と思われる死体が発見され、彼は約3000も相手にしてその末死亡したとほぼ確定される。 彼の葬儀には親しい者達のみ集められ、哀しみが溢れた。 その中、未亡人となった鴉の正妻(とされている)静亞とカルコム・パール・ストリーム将軍と氷月(パンドラ)氏とサーシャ・ルベンドは涙を流さなかった。 後にカルコム・パール・ストリーム将軍が死ぬ間際にその涙を流さなかった理由を話した。 『約束をしていた.....もし自分が死んだら涙だけは見せないでくれ.....静かに逝けない.....そう約束した』 なお、グリード・アザゼルは今現在も行方が解からない。 赤竜 鴉 没年1259年 死因斬り傷により多量出血死(確定はしていない) |