それは焼け野原――まさに、そう言うに相応しい場所であった。あちらこちらから火の手が上がり、地には無数の屍が散らばる中、一人の女性がユラリと立ち上がった。
「ちっ、やっぱり向こうさん共々壊滅かい……」
既に全身傷だらけな身体で立っているのもやっとなバーネットは、屍の上を歩きながら戦場を見渡していた。
(あたしが生きているんだ。まさか死んだりしないだろう? ……ファミリア)
手にしたハルバードの柄を支えに、戦場を一歩一歩歩き回るバーネットの視界に、今までとは別の物が入る。それは動かない兵士ではなく、2本の足で立つ数人の兵士の姿であった。
(敵か? いや……)
条件反射的に一瞬身構えるバーネットであるが、身に付けた鎧から帝国兵のものと判ると、安堵から近づき始める。だが、どうにも様子がおかしい。
彼らは辺りを気にする様子も無く、近づいてきているバーネットに気づく様子すらない。
そして、近づくにつれ兵士達が何に夢中になっているのか、バーネットの視界にもはっきりと見てとれるようになっていた。
それは一人の女性を――バーネットの良く知る女性を犯していたのである。
「なっ!? 貴様ら! 何をしている!!」
出来事に思わず唖然としていたバーネットが気を取り直し声を荒げる。兵士たちはその声にビクッと反応し恐る恐る後ろを振り返った。
「しょ、将軍!? 良かった、生きておられたのですね。見てください。敵将を……しょ、将軍!?」
だが、彼の言葉は最後まで紡がれることはなかった。その代わりに首と胴体が綺麗に別れ、血飛沫を上げる。
「な……!?」
兵士達の言葉半ばに、バーネットは今にも全身から血を吹き出しそうな身体に構わず、一心不乱にファミリアに群がる兵士達を斬り伏せていく。何人斬ったかは覚えていない。だが、それに対して反撃も受け、もはや自分の血か、敵の血かもわからないほどの返り血を浴びていた。
「ファミリア……?」
返事はない。
だが、白濁に塗れながらもファミリアに息がある事を確認すると、バーネットはその場にくずおれる。
「息は……あるか、良かった……」
大地に倒れたままファミリアの横顔を見やる。だが、彼女にはもうそれが限界だった。動く力も残ってはいない。
「……倒すはずの敵の心配をするなんて、あたしもヤキが回ったかねぇ」
その言葉を最後に、彼女の意識は闇へと堕ちた。
「……ん……ここは?」
バーネットが目を覚ましたのは、血臭の多い戦場ではなく、湿り気の多いどこかの地下牢のような場所であった。
「ん……?」
乾いた金属音が湿り気を帯びた空気に重く響く。気が付けば両の手は天井から吊り下げられ、足は地に着くか否かの位置である。さらに、ブーツとグローブ以外の衣服は剥がされ、バーネットを大事な部分を守るものは何も無かった。
「捕まった……か。生きているだけマシかな……」
自嘲気味に呟くと、それに反応するかのように重い金属音が部屋に響く。視線をやれば、そこにはバーネットのよく知る人物が立っていた。
「お目覚めですか?」
「……ファミリアか」
先ほどの重々しい音と共に部屋に入ってきたファミリアは、後ろにいた副官を表に出させる。再び重々しい金属音が響き、部屋には2人だけとなった。
「戦場では、何やら助けていただいたようで……でも、感謝はいたしません。貴女とわたしは敵同士なのですから」
「心配するな、あたしも恩を着せるつもりでやったんじゃないよ」
自嘲しながら、バーネットは自分の身体へと視線を移す。
「しかし敵の手当てをする大将がいるのかね?」
皮肉混じりに嘲る。
バーネットの言葉どおり、彼女の身体は先の戦いで負傷した傷に薬を塗られ、包帯を巻かれていた。
「貴女に死なれては、情報を聞き出せないでしょう?」
「やれやれ……相変わらず素直じゃない上に、口の減らないね。で? 何が聞きたいんだい」
「帝国のこれからの兵の動き…そして皇帝セルレディカについて、と言っておきます」
「……あたしが言うとでも思っているのかい?」
「いいえ」
そこで言葉を切ると、ファミリアはじっとバーネットの顔を見つめる。
「だからこうして貴女を捕らえたのです」
言い終わるとバーネットに向け、手にしたファミリアの鞭が襲う。
「うぁっ!?」
幾度となく襲う鞭と、その刺激に顔を顰めるバーネットであるが、耐えられないものではなかった。激痛に苛まれつつも、悪態を吐く。
「ファミリア、あたしを舐めてんのか? この程度の拷問で、ましてわざわざ傷を避けて……はぐっ?!」
「ならば望み通り、容赦なしでいきますよ? それに私が本当に聞きたいのは……」
バーネットが言い終わる前に、今まで傷を避けていた鞭が傷口の上を襲う。
その後も数分に渡り、幾多の鞭がバーネットを襲うが、どれも苦痛でもあり、悲鳴を上げるものではあったが、口を割らせるほどの力は無かった。
むしろ、責められているバーネットよりも責めているファミリアの方が額に汗を浮かべ、苦しそうな表情をしている。
「っ……あ……」
空気を求めるように喘ぎ声とともに大きく口を開閉させる。
「……どこか……具合が悪いんじゃ……ないかい? こんなんじゃ……いくら続けても無意味……だぞ?」
当人は不敵に言ったつもりではあろうが、息も荒く、どこかぎこちない。
「敵の貴女に……心配される覚えは……ありま……せ……」
だが、バーネットの予想に反してその答えも息が上がった声であった。そして、鈍い音共に目の前の姿が崩れ落ちる。
「ファミリア……?」
問いただしても返事はない。
「おい! ファミリア! 誰か! 誰かいないのか!!」
責められているはずのバーネットが大声をあげ他人に助けを求める。責めているはずのファミリアの方が先に意識を失ったのだ。
敵陣でありながら、無意識の内に人を呼んだバーネットの声に、外で待っていたファミリアの副官が入り、ファミリアを抱き抱えると即座にバーネットの戒めを解いた。
「どういうことだい……全く」
訝しげな表情を浮かべ、2人を交互に見やる。時々顔を顰めるのはまだ傷が痛む証拠だが、それ以上にファミリアの表情の方が辛そうであった。
「司令は貴女を、そのまま解放しようとしていました。しかし司令としての立場から、それは出来ませんでした」
「それが……ファミリアが倒れたのと、どう関係あるんだよ? あぁ?」
「失礼」
バーネットの明らかに怒気を孕んだ声に悪びれる様子もなく、副官は気を失っているファミリアに詫びを入れると、彼女の上着を脱がせその背中を露にさせた。その背中には、無数の打ち傷があり、それが新しいものだとバーネットにはわかった。
「……どこのどいつだ。こんなことしたのは」
「司令の命令で、私がやりました……それほど親友を責めるに耐えられなかったのでしょう」
「…………」
ファミリアに伸ばしかけた手を止め、ただ俯く。
「バカかこいつは……」
視線を外してそう言うと、バーネットは副官に向き直り、睨むように副官に問いただした。
「で、これからどうするんだい? 今ならあたしを殺せるかもしれないよ」
「司令の命令です。事が終われば貴女様を解放するようにと」
「……舐められたもんだね」
バーネットは部屋の隅に綺麗に畳まれた自分の服を着込むと、ファミリアを後に部屋の外へと視線を向ける。
「ファミリアが目を覚ましたら伝えておきな」
振り返ることなく、バーネットは言葉を続ける。
「……次は確実に仕留めるってね」
そして、彼らの前から彼女の姿は消えた。
傷だらけの重い身体を動かして。
それぞれの想いと信念を抱き――二人は再び戦場で合い交える。
(SS:ファミリア、バーネット)